2020年のヘッジファンド業界はコロナショックによる大幅な資金流出に始まりましたが、その後は順調な実績を残しています。
英国大手調査会社Preqinのレポートをもとに、7月~9月末のヘッジファンドの動向と今後の展開をまとめました。
運用残高はコロナ前の過去最高を更新
9月末時点の残高は約3兆6,960億ドルと、過去最高を更新しました。170億ドルの資金流入があったことに加え、パフォーマンスも5.3%プラスとなりました。
どのようなヘッジファンドに資金が集まっていたのか、戦略・地域・リターン別に紹介します。
- 戦略別
最も多くの資金を集めたのは株式ロングショート戦略(+210億ドル)で、次いでCTA戦略(+146億ドル)となっています。一方で債券戦略とグローバルマクロ戦略にはあまり資金が集まらず、資金流出となりました。全体では過去最高水準だった2019年末の残高を超過する結果となりました。
戦略 | 流出入 (10億ドル) | 9月末時点 運用残高 (10億ドル) | 2019年末 と比較 |
株式ロングショート戦略 | 21.0 | 992.5 | 3.9% |
グローバルマクロ戦略 | -14.5 | 1,092.3 | 0.8% |
イベントドリブン戦略 | -2.3 | 166.9 | -13.7% |
債券戦略 | -14.2 | 279.0 | -4.8% |
リラティブバリュー戦略 | 8.5 | 355.6 | 4.5% |
CTA/マネージドフューチャーズ | 14.6 | 262.9 | 0.2% |
マルチストラテジー戦略 | 11.1 | 520.6 | 4.7% |
その他 | -7.2 | 26.9 | -11.7% |
合計 | 17.0 | 3,696.6 | 1.1% |
- 地域別
地域別ではアジア、欧州に本社を置くヘッジファンドへの資金流入が見られました。特に欧州ではヘッジファンドの59%が資金流入を記録し、年初に流出した資金のほとんどを取り戻す形となりました。
また、アジア中心に運用するヘッジファンドは7-9月期に平均7.07%という高いリターンを残したことが資金流入に繋がりました。
- リターン別
ヘッジファンドの成績別に分類すると、実績を上げているファンドに資金が集まっていることが明らかになります。
5%超の年初来リターンを上げているヘッジファンドの多くは資金流入となっていますが、成績の良くないファンドは過半が資金流出に陥っています。
資金流出に対応するためヘッジファンドはポジションを減らしキャッシュを準備しますが、予定していた運用と異なるため運用効率が低下するといったデメリットが存在します。
資金流出が継続すると、運用が困難になりファンドが償還してしまう可能性もあります。安定的に運用を継続するためにも、ヘッジファンドは常に厳しい評価の目に晒されているといえます。
今後のヘッジファンド業界は
コロナウイルスの感染再拡大や英国のEU離脱、米中関係など様々なリスクが存在し、年末にかけて相場の変動(ボラティリティ)は増加すると予測しています。
普通、ボラティリティの上昇はリスクオフにつながるため株式市場にとってマイナスになりますが、ヘッジファンドにとっては歓迎すべき状況になります。
ヘッジファンドの「スイートスポット」
野球やテニスでボールを打つのに最適な場所をスイートスポットと言いますが、ヘッジファンドにとっても運用を行うのに最適な状況、スイートスポットが存在します。
ボラティリティをはかる指標、VIX指数の推移は下図のようになっています。
ここ数年はVIX指数※が15未満で推移することも多く見られました。このような状態だと市場は堅調に動きやすいですが、ボラティリティが低いと資産間の相関も高まるため、ヘッジファンドが資産運用の腕を発揮しにくい環境でした。
※VIX指数とは今後30日間のS&P 500の予想変動範囲を予測算出した指数のこと
逆にVIX指数が32以上になると、これもヘッジファンドにとってネガティブな状況となります。急激に市場が変化するため投資家は現金化を進め、売りが売りを呼ぶような状態となってしまうためです。一時的なマイナスで損失を確定させる投資家が増加し、ファンドマネージャーにとっては非常にやりにくい環境といえます。
15~31程度の中間点がヘッジファンドの「スイートスポット」になり、株式と債券価格のバリュエーションが上昇していることから収益機会が多く存在するようになります。ポートフォリオの分散化をすすめたいと考える投資家にとっては非常に歓迎すべき状況です。
ボラティリティの上昇というと「相場を脅かす」というイメージが強いと思いますが、ヘッジファンドはボラティリティを収益機会に利用します。過度な不透明感の高まりは禁物ですが、スイートスポットにおけるヘッジファンドの値動きには期待できそうです。
JPモルガンアセットマネジメントのレポートによると短期~中期間で取引を行うヘッジファンドがボラティリティの拡大をより利用できると分析しており、具体的な戦略としてレラティブバリュー戦略、グローバルマクロ戦略、クオンツ戦略といった運用戦略を挙げています。
アルファとベータ
このようなスイートスポットが生じる原因は、ヘッジファンド運用におけるパフォーマンス要因であるアルファ(α)とベータ(β)が関係しています。
銘柄の値動きの要因は、
①市場全体の値動きに連動する部分
②市場に左右されない、銘柄独自の価値の部分
この2種類に分解できますが、このうち①をベータ、②をアルファと呼びます。例えばS&P500指数は市場全体の値動きを表しているのでベータ値が1、アルファ値が0ということになります。
ヘッジファンドは、ファンドマネージャーの運用能力によってこのアルファを追求することで相場の上下に関係なく絶対収益を追い求めることが可能になるのです。ボラティリティの水準によってアルファの割合は異なり、15~30程度が最も高くなります。
相場が安定している時のヘッジファンドのパフォーマンスはベータによる部分も大きいですが、スイートスポットではアルファの割合が大きくなることでファンド間でのリターン格差が生じやすくなります。
運用能力の高いファンドはボラティリティを利用してリターンの底上げを行うことが可能ですが、運用能力の低いファンドは収益機会を逃してしまう可能性が考えられます。
ヘッジファンドに投資する際は、長期の実績があり運用能力の高さが明らかなファンドに投資することがおすすめです。