コロナウイルスの拡大に伴う株安と在宅勤務の増加により、新しく資産運用を始める方が増えているそうです。ただ日本では運用について学ぶ機会がほとんど無く、正しい知識が広まらないため運用が上手くいかない方が多いとも言われています。
スポーツではプロの動きを真似したり戦術を勉強したりするのは当たり前に行われていますよね。本記事では、運用のプロといえるヘッジファンドの運用手法「株式ロング・ショート戦略」をご紹介します。数あるヘッジファンドの投資戦略の中でも1番わかりやすい戦略ですので、プロの運用の一端を知っていただいて今後の運用に活かしてもらえたら幸いです。
株式ロング・ショート戦略とは
株式ロング・ショート戦略はヘッジファンドの中で最も代表的な戦略で、1949年にA・W・ジョーンズが始めた世界初のヘッジファンドの戦略です。2000年から2003年頃にかけて株式市場がマイナスであったにも関わらずプラスのリターンを残したことから、残高を拡大していきました。
具体的な株式ロング・ショート戦略のヘッジファンドのパフォーマンスをご紹介します。ファンド名は控えさせていただくことご了承ください。
※Bloombergより筆者作成
運用開始から2020年5月末までの約15年で、S&P500指数が2.47倍に値上がりしているのに対して、この株式ロング・ショート戦略ヘッジファンドは17.16倍に値上がりしています。コロナショックでの値下がりも既に取り返し、継続的に値上がりを続けていることがわかります。
次に、このようなパフォーマンスを残すことができる株式ロング・ショート戦略の運用方法についてご説明します。
株式ロング・ショート戦略の運用方法
割安の株式を買い(ロング)、割高な株式を売る(ショート)ことで利益を狙う手法です。わかりやすく具体例で見てみましょう。まずは株価上昇時の例です。
※筆者作成
横軸は年数、縦軸は株価としています。株Aでロング、株Bでショートポジションを取っていた場合の損益を計算すると、次のようになります。
株A:190-10=180
株B:10-55=▲45
合計:180-45=135(円)の利益
損益の計算は、どちらも「売値―買値」で行われています。ロングポジションを取った株Aは最後の価格が売値、最初の価格が買値になります。ただ、ショートポジションの株Bは「最初に売って、最後に買い戻す」という取引のため、最初の価格が売値、最後の価格が買値になります。
そのため、ショートポジションでは最初の価格より株価が下落すると利益になり、株価が上昇すると損失になります。株価上昇時には、「ロング側のプラス>ショート側のマイナス」となれば全体で利益になります。
では、株価下落時にはどうなるでしょうか。例②をご覧ください。
※筆者作成
この時の損益は、以下のようになります。
株A:10-55=▲45
株B:190-10=180
合計:180-45=135(円)の利益
計算方法は、株価上昇時の時と同じです。ロングポジションの株Aは「最後の価格―最初の価格」、ショートポジションの株Bは逆に「最初の価格―最後の価格」で損益が計算できます。株価下落時には、「ショート側のプラス>ロング側のマイナス」となれば全体で利益になるのです。
ここまでを簡単にまとめると、2銘柄でロング・ショート戦略を取る際は
- 株価上昇時→値上がりしそうな銘柄をロング・逆をショートする
- 株価下落時→値下がりしにくい銘柄をロング・逆をショートする
ということになります。つまり、2銘柄を比較して割安な銘柄をロングし、割高な銘柄をショートすることでどんな局面でも利益を狙うことができます。これが株式ロング・ショート戦略の仕組みです。
株式ロング・ショート戦略の特徴
ヘッジファンドの運用は他にも様々な戦略がありますが、その中での株式ロング・ショート戦略の特徴をみていきましょう。
- わかりやすい
株式ロング・ショート戦略では、投資対象が株式のみとシンプルなため透明性が高く運用が非常にわかりやすいです。「複雑で内容がわかりにくい」と言われることの多いヘッジファンドですが、株式ロング・ショート戦略ではパフォーマンスの要因が一目でわかることが特徴です。
- 少人数での運用が可能
株式ロング・ショート戦略のヘッジファンドは少人数でも運用が可能です。例えばグローバル・マクロ戦略では世界中の様々な資産を分析するため多くのアナリストが必要ですが、株式ロング・ショート戦略では同じ業種内で割安な銘柄・割高な銘柄を見つければ良いので大量のアナリストを雇う必要がありません。そのため、新規で参入しやすい戦略と言えます。
- 割安・割高の判断は難しい
「割安・割高は修正され、適正な価格に戻る」ことが株式ロング・ショート戦略の前提としてあるわけですが、この前提通りに株価が動かないと損失を出してしまう可能性もあります。例えば、割高・割安の一般的な指標のPER(株価収益率)だけ用いて米国株式を比較してみましょう。
値上がりを続けているアマゾンのPERは約146倍ですが、銀行株のゴールドマン・サックス(GS)のPERは約9倍です。単純に数字だけ比べると割安なGSをロングし、割高なアマゾンをショートするということになりますが、どちらのパフォーマンスが良いかは明らかです。
※筆者作成
ロングした銘柄のパフォーマンスがショートした銘柄のパフォーマンスを下回ってしまうと、ファンド全体で損失になってしまいます。単純に現在の数値だけで比較するのではなく、将来の業績の伸びを予測した上で適正価格を求める必要があるのです。そこがファンドマネジャーの腕の見せ所と言えるでしょう。
- 暴落時には弱いことも
相場が暴落する局面では「質への逃避」がしばしば起こります。「なんとなく危ない気がするから、割高でも安全な大型株式に資金を移す」という資金移動によって割高株はより割高に、割安株は更に割安になってしまう現象です。今回のコロナショックでも見られた現象ですが、このような局面では株式ロング・ショート戦略は上手く機能しないこともあります。
株式ロング・ショート戦略の現状
イーベストメント社の調査によると、2020年5月時点のヘッジファンドの運用残高は約3兆460億ドル、うち23.4%の約7,140億ドルが株式ロング・ショート戦略で運用されています。伝統的かつ参入しやすい戦略であるため、戦略別では1位の運用残高となっています。
運用成績は、バークレイヘッジ・株式ロングショートインデックスでは3月にマイナス6.0%と下落しましたが4-6月で値上がりし、年初来リターンがプラスに転換するのも遠くないと思われます。
1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 年初来 |
-0.67% | -2.21% | -6.04% | 4.58% | 1.75% | 1.23% | -1.68% |
おわりに
株式ロング・ショート戦略は、ファンドマネジャーによって全く異なる値動きを見せてくれるのが面白い戦略です。どの業種の株式で運用するか・ロングとショートのどちらの比率を多くするかなど、ファンドマネジャーの個性が1番明らかになる戦略といえます。
そのため、株式ロング・ショート戦略でリターンを出すためにはファンドマネジャーの銘柄選定力が肝になってきます。銘柄選定力があるかどうかの判断は、長期の運用実績から判断することが良いでしょう。
ビギナーズラックという言葉もあります。一度上手くいったから今後の運用も上手くいくとは限りません。長期の優れた運用実績があることで、始めて銘柄選定力が高いと言うことができます。
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